中世の星の下で (ちくま文庫)本ダウンロード

中世の星の下で (ちくま文庫)

strong>本, 阿部 謹也

中世の星の下で (ちくま文庫)本ダウンロード
によって 阿部 謹也
4.5 5つ星のうち3 人の読者
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内容(「BOOK」データベースより) 遠く中世ヨーロッパの庶民たちはいったいどんな暮らしをしていたのだろうか。私たちはここで、例えば石、星、橋、暦、鐘、あるいは驢馬、狼など、日常生活をとりまく具体的な〈モノ〉たちと中世の人人との間にかわされた交感の遠いこだまを聞くことができる。さらに兄弟団、賎民、ユダヤ人、煙突掃除人などを論じた文章の中に、被差別者に対する暖かい眼差しを感じながら、目に見えない絆で結ばれた人と人との関係を再発見することができる。中世社会は日本を写し出す鏡でもある。
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中世庶民の社会史に精通していた阿部氏が、本書の前半で賤民差別の実態とその要因を、社会史的見地からの執拗かつ鋭い洞察で解き明かしている。中世時代の差別意識は都市の形成に深く関わっていることが指摘されている。つまり同じ地方の同程度のランクの家系の出身であっても、先に都市に入って既得権益を獲得したグループはそれを温存するために後に続こうとするグループを排除しようとする。そして排除されたほうが賤民としての扱いを受けるわけだが、彼ら特有の職業というのは後からこじつけられたものが多く、著者は職業について当初から貴賤が存在していたわけではないことを説いている。ギルドやツンフトなどの相互扶助組合は、一方で余所者を排除する機能を組織的に発揮していたのも事実だろう。本書でも引用されているティル・オイレンシュピーゲルの悪戯話は、不当に扱われていた遍歴職人や賤民達の、閉鎖的社会や権力を笠に着た人々に一泡吹かせる痛烈な風刺と抵抗に他ならない。ティルの武勇談に頻繁に登場するスカトロジックな戦法は、彼の権威に対する価値観の象徴だ。中半で興味深いのは「カテドラルの世界」の項で、贈与慣行と売買の価値観を歴史的に考察している。古代ゲルマンの長は、臣下に獲得した財宝を惜しみなく再分配し、その見返りとして長たる者の権威や兵力を維持できたが、通商の発展や貨幣の流通と共にユダヤ人に代表される商人達による富の蓄積が始まり古来からの再分配の原則に軋轢が生じる。ここに巧みに取り入ったのがキリスト教会で、有力者からの寄進を受けることによって教会側は彼らの墓所と来世を保証し、現世の罪の償いを免除するという精神的再分配の図式をひねり出した。教会に莫大な寄進や喜捨が集まる時代と、それを施した人の墓所として大聖堂が建立される時期が一致しているのも納得がいく。阿部氏の考察はヨーロッパの中でもいきおいドイツを中心とする北側の社会に多くの例を採っているが、それは彼の専門分野というだけでなく、概して気候風土の厳しい条件の下で生活を強いられた北方社会の人々に、より明確な権利の主張や差別の典型が炙り出されてくるように思える。後半部で著者はあえて中世を離れて日本の大学のあり方、学問への取り組み方について疑問を投げかけている。日本において大学はエリート養成施設として国家によって設立され、将来の地位や経済的な安定を約束した。逆に言えば国家に忠実な人を育成する場であり、およそ学問自体を探求する喜びからはほど遠い存在だった。一方ヨーロッパで市民によって形成された数多くの協会は、文学や音楽、歴史などをお互いに学び合う階級差別のないサークルで、資格や将来の収入には無縁だったが誰にでも入会が許され、何よりも純粋に知的欲求を満たすための場が作られた。こうした自発的なカルチャー・センターが現在では大学と並ぶ高い専門知識を持った権威ある協会になった例も少なくないようだ。阿部氏は「学問することが有利な就職や社会的上昇の前提となっているところでは、真の喜びにあふれた知的探求は望むべくもない」と結んでいる。また近代の歴史研究が科学的な分析によって行われるようになって以来、庶民の精神史が置き去りにされてしまったことも指摘している。書かれた物に頼っていなかった時代の歴史を記述しようとする時、下層の人々の精神史は無知蒙昧なものとして篩い落とされてしまうからだ。これについては阿部氏のもうひとつの著書『ハーメルンの笛吹き男』に詳しい。

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